出産クライマックス
もうクライマックスだぜ!!
今となってはそれが分かるけれども、 あの時は全くそんな感じがわからず、 もっと何時間も出産レポその3に書かれたことが続くんだと 本気で思ってふてくされてた。
そんなこんなで先生がやってくる。 こういう時って、手術着とか着てるイメージだけど、 普通の格好で分娩室にやってきたのでちょっとびっくり。 私が何度もいきんだりしている間に先生は手術のエプロン的なものを 身にまとってゆっくりやってくる。
先生「会陰は切っちゃうからね~。」
もうどうでもいいよっ 先生が私の股間の所にたってしばらくすると、 ハサミのバチンという音 (私はこの時聞こえなかったんだけど、旦那はこの音が忘れられないと言ってた)と共に、火箸を押し付けられたような痛みが走った。 ま、陣痛と比べたら比較にならない程の痛みではあったのだけれど、 先程から感じてた痛みとは違う種類の痛み(チクチク系?) その後、あっという間にガキンチョの頭やら身体やらが出てきた。 本当に、今までなんであんなに時間かかったの?ってぐらい突然に。 ガキンチョは口から多量の水を吐き出しながら
「ほぎゃあーー!!」
って言った……と思う。というのはこの辺のことは、記憶が定かじゃない。 出産してから、日を追うごとにこの瞬間の出来事はわすれていく。 ガキンチョが泣いてたかどうかすら、あまり覚えていないのだ。 覚えていることは
「手は胸に置いて短く息をして~」
「いきまないで」
という指示と、そのあとに
「軽くいきんで~」 という指示だけ。
その指示の後、ガキンチョはツルリと私から排出された
助産師1「すごく長いへその緒ですね~」
助産師2「外は寒いからマフラーしてきたのかな?」
なんて冗談をとばしている助産師達のもつガキンチョを自分の股間ごしにのぞく。 ガキンチョはへその緒が何重にも絡まっていて、 今となってはよく心拍が一度も落ちずにでてきたな~って思う。 へその緒がからまってたから、分娩室であんなに時間がかかったのかもしれない。
午前2時15分に。がきんちょは産まれた。
なんかもう、ぼーっとしてあんまり色々考えられない感じになっている。 放心状態の私に「子宮収縮の注射を打ちますね~」 といって助産師が注射を打ったのだけれど、少しも痛みを感じなかった。
助産師が私の胸の上に緑の紙をひいて、 「ここに赤ちゃんつれてきますからね。」 という。がきんちょは血にまみれていたけれど、旦那そっくりで、なんか笑えた。 ひととおり旦那と私と赤ちゃんで記念撮影をしてもらった後、 助産師が旦那に「処置をしますから旦那さんは一度分娩室の外へでてください。」 と指示したんだと思う。気づくと旦那はおらず、
先生が 「切った所縫うね」 と言って、何度も人の股間に麻酔を打っている。 子宮収縮の注射はいたくなかったのに、麻酔の注射は結構痛い。 色んな方向から何度も注射をして、縫合を始める。 私の足はガクガク震えていて止まらず、なぜか先生に 「ごめんなさい震えが止まらなくて、縫合できますか?」 と聞いたと思う。産んだ後のこの処理もなんだかんだで辛かったけど、 ほんとボーっとして、夢だったんじゃないかっていうぐらいの記憶のあいまいさ。 お腹を見ると、しぼんでプヨプヨしていた。 もうガキンチョはここにはいない。 縫合は、結構時間がかかった。何度も糸をひっぱったり、なんだりして、縫ってるみたい。 水が(多分血なんだろうけど)流れ出る感触が結構あった。
その後、身体を拭いてもらって新しいパジャマに着替えさせてもらう。 その時少し、身体を浮かしたりしなくちゃならなかったのだけれど、 思うように身体が動かせなかったんじゃなかったかな? なんかもう……。とても眠い……。 どんどん記憶が曖昧になるかんじ。そういえばもう26時間ずっと起きていてお産したんだった。 気づくと旦那が戻ってきていて、がきんちょも服を着せられて横にねていた。 がきんちょの体温が平熱になった頃に助産師が 「赤ちゃんにお乳あげましょうね。」 といって、赤ちゃんに私のお乳を吸わせようとしてた。 結構上手に吸えてる感じ。 がきんちょがお乳を吸うと子宮の収縮が早まるらしい。股から血が大量に流れ出る感触がする。
…気がつくともう午前3時20分。
反対側の乳はなかなか吸えず、ガキンチョは新生児室へ消えていった。 その前後で、旦那はアクエリアスを私の頭にこぼし(蓋が空いてる状態で私を覗き込んだ結果)なんかもう 私の頭がカピカピになったりもしたけど時系列が曖昧。 その後助産師が、入院中の日程を話していたのだけれど、もう全く頭に入っていかない。
私「すいません。今何も頭に入っていかないです…。」
助産師「形式的なものなのでわからなかったらまた聞いてください」
と言ってた気がする。
助産師「はい。じゃあ分娩台おりましょうか?」
説明が終わって、分娩台を降りるように言われたのだけれど。 …。身体が思うように動かない。股の間もひきつれて痛かった。 満身創痍のまま、そっと台を降りる。(台は結構高さがあるんだ)
いつの間にやらお腹周りには骨盤をしめるトコちゃんベルトや、アイスノンがくっついている。 さらには巨大なオムツのようなものまで当てられていて、 私は情けないやら辛いやらボーッとするやらでよくわからなくなってた。 陣痛室に戻って横になる。
助産師「もう消灯時間も過ぎてますので、ヒヨコ母さんは陣痛室で今日はお休みください。明日は8時半に起床になります。」
私「はい…。」
助産師「旦那さんは…申し訳ないのですけれど、お帰りください。明日の面会時間は15時からなのでその時にまた…」
旦那は早朝4時に病院を後にした……。っていうか今思うと旦那も大変だったね。何度も病院と家を行き来したあげく 午前4時に帰宅って……。 でもその時の私は、何も考えられなくて、とにかく身体が寒かった。(アイスノンついてるしね) 陣痛の時は泥のように眠れたのに、へんに身体が起きていて、でも精神的にはもう限界だった フワフワした浅い感じのまま眠りについたのであった。 ……
------------------------------------------
これが私の1人目出産体験でした。1人目の時って産後の状態も一番悪くって、「もう二度と出産なんてしたくない」って思う人の気持ちはすごくわかる。ただ2人目3人目と重ねるたび出産の体験は辛いのが減って、面白いことがふえていくのだから、不思議なものです。
この時生まれたのが、ゆいちゃんなんだから、感慨深いよな〜。
けいすけくんの出産体験↓
そうへいくんの出産体験↓